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『蝶』がカバーされます。

暁月凛さんの2ndアルバムとなる、
全20曲入りのアニソンを中心としたカバーアルバム『没入time mixed by DJ 和』にて、
『蝶』のカバーが収録されます。
12月11日発売です。
リンク貼っておきます。
暁月凛オフィシャルサイト
商品詳細ページ
透明感のある、綺麗な歌声の方。
仕上がり楽しみにしています!

昔からわたしの取材をしてくれてた今や友人であるライターさんが、このアルバムの取材をされたようです。
人って、思いも寄らないところで繋がっていくね。



このブログの人気の投稿

雑音生活が消えてしもた。

ブログ『雑音生活』をいじっていたら、
このサービスはもはややってないんだわ〜とエラーになって、
ブログの表示がなくなりました。

完全にやらかした。
が、契約解除したわけではないので、管理画面の中にバックアップのようなものは残っています。これは、自分が削除しなければ消えないみたい。(サーバーが生きてるうちはね)

試しに貼りますが、
2010年のアルバム『Licht』公開レコーディングの写真、
これ、元のブログの画像置き場のURLを貼ってるだけなんだけど、こうやって表示できるんだよね。



ブログのURLがなくなってしもたし、
新しいブログを立ち上げることもできない(←このサービスも終わっている)から、
元の所では新しく投稿もできないけど、
この先も写真を保管したURLがなくなるわけじゃないなら、、、、いいな。
なくならないと、いいな。

この先、写真の表示なくなったで〜って時は、ツイッター等のリプで教えてください。
記事と写真のバックアップは全部取ってあるので、再アップする事ができなくはない。

今年度内に、まだまだお知らせする事があったので、
急遽仮設ブログを立ち上げました。

さすがBlogger、ブログに特化してるからめっちゃ使いやすいぜ!!
むしろ今までのよりずっと使いやすいぜ!!なんならリニューアル後のやつよりも使いやすいぜ!!とか思っておりますが(笑)
短い期間にはなりますが、こちらの「つなぎの雑音生活」お楽しみください。

カジノの入るギグバッグ。

数年前からギターのハードケースの留め金が一部壊れて、
留め金を 留めても留めても 外れちゃう
状態になり、
しばらく騙し騙し使ってたんだけど、
純正のハードケースを買うのが悔しかった(別に安くはないので)のと、
背負っていけたらどんなに便利かと常々思っていたので、
今より半年前、
「Five Rings〜祭典〜」の時に、
Epiphone Casino用のギグバッグを探す旅に出た事がありました。

Epiphone Casinoは、この子です。
「箱庭」や「ウタカタ」「DECADE」のジャケットの子。
ギターの種類で言うと「セミアコ」と言われる分類になります。
セミアコのギグバッグは種類豊富なのだけど、
Casinoはちょっと特殊な形をしているため、
いわゆる普通のセミアコ用のギグバッグだと、全長が足りなかったり、ボディー上部の「肩幅」と言われる幅が足りなかったり、という事が出てきます。


EpiphoneというのはGibsonの系列で、
Gibsonの形を元に、手軽に買える価格帯のもの、
言ってしまえば廉価版を作っているギターブランドです。

CasinoはGibson ES-330(セミホロウタイプ)の廉価版。
廉価版だけど、ビートルズをはじめ有名アーティストが使用してきたので、
Gibsonの330よりCasinoの方が有名じゃないかなとは思います。

Gibsonのセミホロウタイプの代表格はES-335なんだけど、
335はギタリストのギター、
330はボーカルが弾くギター、というイメージ。
中の構造がちょっと違う。

大雑把に言うと、
330はボディの中が空洞になっていて、その空洞を生かして鳴らすギターなのに対し、
335は中が空洞ではないので、
音も重さも全然違う、という感じです。
が、形はとても似ていて、ぱっと見区別出来ないぐらい。


前置き長くなりましたが、
Epiphone Casinoのギグバッグを探す場合は、
Gibson ES-335収納可能を探せ、というわけなのです。


ES-335用のギグバッグ、そもそもラインナップが多くはないです。
だから探そうにも最初から選択肢がある程度絞られてるわけなんだけど、
ここでひとつちょっとした問題があります。

Epiphone Casinoの方がヘッド部分が長いため、
Gibson ES-335ジャストサイズに作られているギ…

届いた風と、吹かせる風。

昨日リハの時に、
「この曲は、深く胸に来るものがありました」
と言われた曲があって、
なんだかとても嬉しかった。

以前、
墓穴のような、あまりにも深い穴を掘ってしまって、
自分はその中に落ちて、
どうやっても自力で這い上がれそうにないから中から助けて欲しいと叫んだら、
いろんな人が手を貸してくれて、
もう二度とここには落ちてはいけないよって、
いろんな人が溢れんばかりの土を持ってきて埋めてくれたもんだから、
わたしの穴はあっという間にこんもりとした丘になって、
わたしは今もずっと、みんなが埋めてくれた丘の上にいる、
というような話をしたのを覚えている人はいるだろうか。

自分が掘り進めて深く広げてしまった穴は、
誰かが埋めてくれるとは限らない。

わたしの、どんどん人の手によって埋まっていく穴を見ながら、
なんて運がいい奴なんだという苛立ちを感じた人もいて、
わたしが、自分の穴を埋めてくれる人たちに感謝するのに思いっきり時間を割いたために、
置き去りにしてしまった人たちもいる。

そういう人たちは、
無数に分かれた、
わたしには渡ることが出来ない交差点の向こう側にいる。

会いにいけないから、
遠く離れた場所から、援護射撃を送るのだ。

元気にしてますか。
いろいろあるけれど、わたしは元気です。


今日は、交差点の向こう側すぎて、
本当に輪郭さえなくなったような、
そんな古い友人たちの歌を聞いていた。

君たちの歌は、わたしにはいつだって援護射撃。